No.399

鬱気味のトッモと話してたせいもあるけど、さまざまな商品CMで描写される「親しい友人(親友とも呼ぶ)」のモデル(表象?)に踊らされている消費者がいるのではないかと思ってしまった
人が孤独感を強めるのは『自分が孤独である』と自覚させられるような現象や光景を日常的に目の当たりにするせいだと思ってるんだけど、通常、通学する10〜18歳くらいの学生が他学生と比べて「そういえば自分には、他学生の生活、漫画、アニメ、ゲーム、テレビドラマ、SNSでもたびたび見かけたり話に出てくるような特に親しい友人というものが居ないかもしれない」と孤独感を強めるならまだしも
日常生活の中でそこまで友人や知人についてのプライベート情報を誰かしらに共有する必要がない社会人が"特に親しい友人が居ない""私にはいるけどアイツには居ない"というような比較をどこ基準で行なっているのか
俺は知りたくてたまらないよ

持論なんだけど、女性はライフステージの変化によって付き合う人間を臨機応変に変えられる事ができる生き物だと思うんだけど、だからそこまで年齢を重ねるに連れて"親しい友人がいない"ことを問題視して深刻視する人は少なくなっていくと見ている、ところが…
男性の孤独死が多いのはライフステージの変化によっても付き合う人間関係というのがそこまで変わらないがゆえに、『親しい友人を作る事ができる、できた経験値のある人間』と『会社と家の往復の時に友人ができなかった人間』の人間関係範囲が変わらないから、、、?とか
考えた
つまり友人ができなかったタイプのやつで子供にも嫌われてて老後に妻に離婚切り出されて孤独死まっしぐらになる奴とか

俺は文献とかなんもちゃんと読んでねえから戯言なんだよな
おぼえがきー!!

考えたこと